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御喜美江(アコーディオン)

2007年08月12日
御喜美江

みなさまこんにちは!
アコーディオン奏者の御喜美江(みきみえ)です。
昨年にひきつづき今年も仙台クラシックフェスティバルに参加できますことは私にとって大きな喜びと幸せであり、まず初めに深く感謝申し上げます。
皆さまとの再会を今から楽しみに心待ちしております!
さて本日はコンサートに先立ちまして待ちに待ったせんくらブログ、いよいよ私にも番がまわってきました。一週間どうぞよろしくお願いいたします。

実は2007年度のコンサート出演が決まったその日から、「今回もせんくらブログあるのかな?私の番はいつだろう?」と張り切って待機していました。ブログの楽しみ方はいろいろありますが、私にとって一番の魅力は画像です。目に飛び込んでくる面白いオブジェ、言葉では表現しにくい色や光、そして心に響く風景や建物をデジカメで撮り、あれこれと深く難しくは考えないで、見たまま感じたままを瞬間的な速さで、可能な限りシンプルにコメントしてゆく、これに絞ってきました。要するに自分の五感を優先し拙い日本語がボロを出さないうちに終える、ということです。さらに私たち演奏家の指はどれもかなりはやく動くので、ショート・コメントなら数秒間で打つことができ、指だけに喋らせる「瞬間トーク」も私にとってブログの楽しみであります。今回も出来れば一度この「MM・瞬間トーク」を読んでいただきたいと思っております。
                 *
さて、2週間の滞在を終えてオウル/フィンランドから5日前ドイツに戻ってきました。それは舘野泉氏が音楽監督をなさっている「第10回オウルンサロ音楽祭」への参加で、今回はMusician of the Yearに選ばれる大きな名誉に恵まれました。(http://www.oulunsalosoi.fi/english.php
アコーディオン奏者としては初めてでしたので本当に嬉しく有難く、5回の演奏会もあたたかい聴衆と素晴らしい友人たちに囲まれ忘れ難い想い出となりました。今回は気温も18℃〜25℃と凌ぎやすく、雨降りの日もありましたが、それでも夏の光は限りなく明るく、澄んだ空気と水と静かな白夜を満喫してきました。(2007年8月11日ラントグラーフにて)


関連記事:アコーディオン御喜美江〜オフィシャルブログ〜『道の途中で』
http://mie-miki.asablo.jp/blog/

 
2007年08月13日
御喜美江

私はグリークの『叙情小曲集』が大好きです。
これはピアノのために書かれた小品集で、作曲者が長い年月にわたって書き綴った「音楽日記」とも言われていますが、私にはまるで「ブログ」のようです。民族色豊かな踊りやお伽話の世界、風景の描写、様々な感情表現、どれもこれも素晴らしく美しい世界であります。今年2007年はグリーク没100年であり、先日の「オウルンサロ音楽祭」でも様々なグリーク作品が演奏されましたが、今年1月スウェーデンの古い教会で、私もオール・グリークのCD録音を行い、5月にリリースされました。この録音は学生時代からず〜っと抱いてきた夢でありましたので完成したCDを初めて手にした瞬間は感無量でした。なんだか新盤を宣伝するようで恐縮ですが、「アコーディオンとグリーク」を知っていただきたという願いをこめて、今日はそのプログラム・ノートを紹介させていただきます。長文ですがお時間のあるときにでも読んでいただけたら幸せです。(2007年8月12日ラントグラーフにて)

           *

旅するアコーディオン
— グリーク『叙情小曲集』との出会い —

クラシック・アコーディオンのレパートリーというと、古いものか新しいもの、つまり古典か現代作品の2つに限られることが多い。それは一つに、この楽器の歴史がまだ浅く、オリジナル作品が全て20世紀後半から始まるのと、もう一つは「鍵盤楽器」として古い時代の音楽も編曲せず原曲のまま演奏できるからである。

しかしアコーディオンが産声をあげたのは1829年、まさに「ロマン派」の時代だった。それはドイツ・オーストリア地域で考案され、ウィーンで“Accordion”という名前の特許登録がされたのち、様々な楽器職人たちの手で改良され、まもなく商人、船乗り、移民たちの手によって海外へ運ばれていった。その行き先は隣国のスイス、フランス、イタリア、ベルギーのみならずロシア、スカンジナビア諸国、東欧諸国、そして遠くはアメリカ、アルゼンチンにまで及んだ。そして小さなアコーディオンは異国の地に移住すると同時に、新しい文化、気候、慣習を受け入れ、まるでそこで生まれ育った楽器のような自然さをもって、その民族音楽の仲間入りをした。人々は新しく登場したこの楽器を「わが故郷の楽器」として親しみ愛し大切に育てていった。ロシアのバヤン、フランスのミュゼット・アコーディオン、そしてアルゼンチンのバンドネオンといった名前を耳にするとき、私たちが思い浮かべる音楽は、哀愁をおびたロシア民謡であり、華やかなシャンソンであり、情熱に満ちたタンゴであろう。そこに1829年のウィーンの面影はもう微塵もない。そう、生まれた場所ではなく、育った場所が、アコーディオンをそのように変化させていったのだ。

20世紀に入ってからもアコーディオンの改良はさらに続けられ、フリーベース・アコーディオン* の誕生とともに伴奏楽器から独奏楽器へ、民族音楽からジャズへ、クラシックへと、ジャンルも大きく広がっていった。そしてこの頃からアコーディオンのためのオリジナル作品が多く書かれ始め、ヨーロッパ各地の国立音楽大学にはアコーディオン科が設けられ、世界コンテストやフェスティバルなども盛んになってゆく。

こうして進化したアコーディオンには、それぞれ異なったキャラクターや色合いがあり、醸し出す雰囲気も多種多様で、外観、キーボードシステム、メカニック、さらにはサウンドに至るまで、他の楽器では考えられないほど多くの種類がある。しかしどの時代、システム、ジャンルをも越えて共通するもの、どのアコーディオンにもバヤンにもバンドネオンにもなくてはならない要素が、実は2つあると私は思う。それは「うた(Lyric)」と「超絶技巧(Virtuosity)」であり、この2つはまるでアコーディオンの「遺伝子」のようだ。アコーディオンの蛇腹は「うたう器官」、そして左右の指たちは軽い鍵盤と小さなボタン上を「特急テンポ」で飛び交う。1829年から今日まで、この2つの「遺伝子」だけは全く変化していないように私は感じる。そしてこの2つの要素が最も大きな役割を果たしている時代はいつだろうと考えるとき、「ロマン派」にそれがぴったりとおさまるように思えるのだ。

グリークがその生涯において日記のように書き続けた『叙情小曲集』を、私は学生時代から大変好み、常にコンサートのレパートリーとして弾き続けてきた。本来はピアノ曲であるこれらの作品を、どうして自分はあえてアコーディオンで演奏したいと思い、すでに人生の半分近くも弾き続けているのだろう。

そのわけは・・・
『叙情小曲集』を演奏するとき、私はその物語の中に入り込み、語り、歌い、踊り、演じることができる。そこで自分は「小鳥」となってさえずり、「妖精」となって踊り、「孤独な旅人」となって嘆き悲しむ。「郷愁」では人の声を、「バラード」では涙を、「コーボルト」では悪戯を、体に密着した蛇腹をとおして表現することができる。とくに「蝶」では、ピアノで演奏すると蝶が舞い飛ぶ春の風景ようにきこえるが、アコーディオンの場合は自分が「蝶」となって野原を舞い飛び、蝶の視点が演奏の起点となる。そして農夫が一日の仕事を終えて畑から帰途へ着く光景、おばあさんがメヌエットを踊る瞬間、小人が森の中を行進する様子、子守唄、ノルウェー舞曲、ワルツ、そして感謝、秘密、期待、・・・一人舞台の役は曲ごとに変化し飽きることを知らない。
アコーディオンの遺伝子をここまで自然に使いこなせる作品が他にあるだろうか。

19世紀におけるアコーディオンは、楽器の改良と旅の時代だった。そしてちょうどその頃に書かれたのが、グリークの『叙情小曲集』だ。この歴史的偶然を一枚のタイム・アルバムにしてみたいという願いは学生時代からあったのだが、ようやく一枚のCDとして誕生することになった。これは私にとって人生の足跡のような感もあり、森と湖に囲まれたレナ教会**において、ハンス・キップファー氏のもと、淡い冬の光と深淵なる静寂の中で行われたこの録音は、演奏家冥利に尽きる夢の3日間、そして星の時間であった。

*フリーベース・アコーディオン:
左のベース側にも音域5オクターブ半の単音ボタンを持つアコーディオンのこと。
尚、左手がこのように解放されたことでポリフォニー演奏が可能となった。クラシック・アコーディオンまたはコンサート・アコーディオンとも呼ばれる。

**ストックホルムから約100km北東に位置し、14世紀の初めに建てられた石造りの小さな教会。

 
2007年08月14日
御喜美江

日本は連日たいへん蒸し暑い日々だそうで、友人、知人からくるメールには必ず「ヨーロッパの涼しさが羨ましい」とあります。まあ気温だけをとればこちらのほうがいいでしょうけれど、先週は大雨が3日間降り続けて、ドイツ・オランダでも大きな被害が出ました。水というのは実に恐ろしいものです。テレビや新聞のニュースに出るのは規模の大きな水害ばかりですが、今回私が被った(村のタダ新聞にすら載らないような)ミニ被害だって、自分にとっては疲労困憊系の大事件でした。

それは10日金曜日の朝。車をスタートさせた途端、ピチャピチャ、ポチャポチャ、派手な水音がします。それも外ではなく車の中で。「おかしいなぁ、雨はやんでいるのに。」と思いながら次の信号を右カーブすると、思わず水飛沫が飛んできました。「うわ〜、これは一体なんだ!」と右サイドを見ると、なんと右側の床がまるで水槽のようになっています。これにはビックリ仰天、急いで大学の駐車場に引き返して守衛のおじさんをよんできました。守衛さんも車中をみるなり絶句。「バケツをひっくり返したような大雨だったからねぇ、でもそれにしてもこれはひどいや。」と。もちろん窓は全部ちゃんと閉まっていました。それから私は大きな雑巾を2枚借りて、腰の骨がへし折れそうになるまで水を外に出し、水槽が水たまり程度になったところで、なんとかオランダの自宅に戻ってきました。ところが我家の地下室へ降りてゆくと、なんとここにも水が!どっかから浸入してきた水は床全体を平面に覆ってキラキラと光っているのです。この時点でほとんど切れそうになりましたが、今朝テレビで見たニュースを思い出し「家一件なくした人もいるのだから頑張ろう!」と自分に言い聞かせ、ふたたび雑巾活動を開始したのです。
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アコーディオンは伴奏楽器として野外でもよく演奏されます。ですから「外で弾く楽器」と思っている人も多いのですが、実は水にものすごーく弱い楽器なのです。それも値段が高くなればなるほど、この楽器は水に弱い。なぜかと言うとアコーディオンには皮、木、紙といった素材がふんだんに使われているからで、とくに柔らかい皮と紙からなる「蛇腹」が濡れてしまったら、もうおしまいで修理も出来ません。また鍵盤やボタンの内部にはフエルトがあり、ここも水が大嫌い。ですからもし野外でアコーディオンを演奏する場合は、出来るだけプラスチックやビニール豊富のもの、濡れたら拭けるもの、そしていつでもどこでも購入できるお値段のもの、お勧めします。
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今回の水害ではつくづく「あぁ、アコーディオンが濡れなくてよかった。」と胸をなでおろしました。アコーディオン奏者の皆様、留守をするときは面倒でもアコーディオンはきちんとケースに入れ、できれば内部をビニールで覆い、可能な限り安全な場所に保管しましょう。

 
2007年08月15日
御喜美江

今日は先週の大雨で水浸しになった車を修理工場においてきました。車の中は今朝もまだ水たまり状態で、発進するとき、カーブを切るとき、ブレーキをかけるとき、ポチャ〜ポチャ〜と、のどかな水音がします。この響きにもなんだか慣れてきてしまったのですが、しかしこんな車はそう長いこと乗れたものではありません。それに原因が何かも分からないのですから不気味です。この修理はかなり高くつくだろうなぁ、と内心かなり心配でした。

ところが、この修理を申し込んだ日付は何と保障期限が切れる最後の日だったそうで、これは全くの偶然であり、私は知りませんでした。「保障有効期間ですから貴女にコスト負担はかかりません。」と言われたときは本当にびっくり、思わずお口ポカンでした。

これぞまさに「不幸中の幸い」というものですね。あの大雨が一日遅れで降っていたら・・・なんて思ってしまいました。
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アコーディオンには今でこそ国立大学、世界コンテスト、フェスティバル(!)なんてメジャーなスペースがありますが、私が4歳で習い始めた当時はマイナーな楽器でした。毎週、母に連れられて伴典哉先生のレッスンに通うとき、上野松坂屋前では傷痍軍人さんが2人コンビでアコーディオンを弾いていました。流しのおじさんが弾くアコーディオンも子供の耳には寂寥感ピュアに聞こえ、その光景は限りなく淋しくうつりました。

ちょうどその頃3歳年上の従姉がピアノを習っていたのですが、彼女の「虎ノ門ホール・ピアノ発表会」は明るく華やかで、私の「豊島公会堂・アコーディオン発表会」はちょっと暗かった記憶もあります。それで8歳頃からはピアノも習わせてもらい、ハノーファー音楽大学は一応ピアノ科を卒業しました。でもアコーディオンは何故かいつも私のすぐそばにあり、常に演奏し続け、心のなかに響く音たちはピアノではなくアコーディオンでした。

もし私がピアニストを目指していたら、仙台クラシックフェスティバルに出演するなんてことは絶対不可能でしたが、アコーディオン奏者になったおかげで、2年も連続で出演させていただけるのです。これもまた「不幸中の幸い」かもしれません。

 
2007年08月16日
御喜美江

私たちは楽譜というものから作品を受け取り、出来る限りその譜面どおりに演奏できるまで正確に緻密に練習することを小さい頃から強いられてきました。それは正確に譜読みをすることが前提で、そこから生まれる響きはその次、またはその次の次、場合によっては響きなんて最後までテーマにならない、そんな授業もありました。

でもときたま「楽譜なんて糞くらえ、楽器さえあればそれでいい、ただひたすら楽器に触れていたい」と思いませんか? 愛おしい楽器を触れるのに楽譜なんてどうして必要でしょう。無心に鍵盤を撫でる、響きに身を任せてファンタジーに夢を膨らませ、指は上へ下へとボタン上を舞い踊る、そんな楽しみなくして楽器を知ることは出来ない、と思いませんか?

コンピューターを始めた頃、慣れないキーボートと全く分からない専門用語に悩み格闘しながら、ふと思い出したのが子供の頃に一人遊びしたあの「鍵盤トーク」でした。多くの失敗や理解に苦しむ謎物語のあげく、コンピューターを真剣に憎み始めた頃、ふと始めたのが「瞬間トーク」でした。キーボードをたたく時は何も考えない、なにも計画しない、何も期待しない、ただひたすら指に喋らせる、これをやってみました。

その結果、ある日からコンピューターが自分にとって大切で愛おしい対象物になったのでした。ここで重要なことは、とにかく頭より指がはやく進むことです。この川の流れのように、指は水のごとくキーボード上を無心に流れていくことです。

内容はとるにたらないつまらないものですが、御参考までに「瞬間トークOp.1」を今日はここに記載させていただきます。
            *
・コレは何でしょう
・この次はなんでしょう
・それではコレは何でしょう
・あれこれ言う前にもうちょっと考えて答えてください、
・はい、わかりました。
・だからってそんなこと言わないでね。
・いいでしょう、べつにあなたには関係ないんだから。
・もういいですよ
・ああそうですか
・なんだかんだうるさい人ですね、貴女は。
・そうですよ、わたしはうるさい人ですよ。
・分かっているのならいいですよ。
・そういうものでもないでしょう。
・あなたに向上心というものはないのですか。
・そんなものあってもなくてもどうということないでしょう。
・まあないほうがいいでしょうね、あなたのようなひとには。
・こんなはなしは実にたのしいですね。
・そうですかね。
・随分まえになりますが、つまらない話をしたことがあります。
・今でも憶えているわけですね。
・べつに憶えているわけではありません。
・じゃあいったい何が言いたいのですか、あなたは?
・何かを言いたくて喋っているわけです、それだけ。
・えっ?
・運指練習おわり
・お疲れ様でした。
・はい。
(2001年6月3日)

 
2007年08月17日
御喜美江

海が見たいです。
ひろ〜い海原の前に立って
遠くに霞む水平線を見たいです。
潮風を胸いっぱいに吸い込み
古い空気を思い切りはきだしたいです。
浜辺に打ち寄せる波の音を
いつまでもいつまでも聞いていたいです。
私にとって、「夏」は「海」です。
でも今年の夏はあまりにも雨が多く、気温が低く、
「海へ行こう!」という日がなかなか訪れません。

この写真はちょうど10日前
ヘルシンキから船で立ち寄ったスオメンリナ島です。
ほんの一時間でしたが
海を前にしたとき、なぜかほっとしました。

今日は小雨の降る肌寒い一日でした。
部屋の中でシベリウスとメリカントを聴きながら
夏の海を思い浮かべています。

 
2007年08月18日
御喜美江

ちょうどあと7週間でせんくらが始まります。
今回はアコーディオンの遺伝子ともいえる「うた(Lyric)」と「技巧(Virtuosity)」をテーマにプログラムを組んでみました。

尚、これは全く個人的な意見なのですが、アコーディオンに「大曲」といいましょうか、時間的に長い曲はあまり似合わないような気がします。世界コンテストなどでは時折、4楽章からなるソナタなんて大曲も演奏されますが、アコーディオンがそれによってますます面白く魅力的になると思ったことは一度もありません

服といい、カバンといい、靴といい、一目で分かる著名デザイナーのそれを身に纏ったご婦人と道ですれ違いながら、「さぞかし高かっただろうに、それにしても似合っていないなぁ。」と内心思うことがしばしばありますね。似合わないものというのは、どんな努力をしても、結局は似合わないのかもしれません。

その反面、似合うものには不思議なエスプリがあると思います。それが帽子であれ、パイプであれ、手に持つ雑誌であれ、似合うもの同士が一緒になると、1+1=3または4にもなって、素敵な雰囲気がそのまわりに生まれると思います。

スカルラッティのソナタ、グリークの叙情小曲集、ピアソラの作品、フランスバロックの鍵盤曲、これらの作品はどれも長くて5分、短いものは1分にもみたないショートピースですが、「うた」と「技巧」のバランスが完璧で、そこへアコーディオンを持ってゆくと実にピッタリ合う、要するにとてもよく似合う、と私は思います。

今回のせんくらではソロ・コンサートのほか、チェロの藤原真理さんとバッハの「ガンバソナタ」+ロシア民謡の「ともしび」「モスクワ郊外の夕べ」、そして打楽器の池上英樹さんとはピアソラの「リベルタンゴ」他、を御一緒させていただきます。これ等の音楽は、感情をこめて思いっきりうたうことが許され、またどんなにヴィルトーゾに弾いてもぶっ壊れない頑丈さがあるので、思う存分、心残りなく演奏したいと、今から張り切っております。

仙台クラシックフェスティバルの主催者、関係者、そして多くのボランティアの方々による、目に見えるところ、見えないところでの多大なご援助と、これほど沢山のコンサートを3日間で行なうための計り知れないご苦労、そして何よりもクラシック音楽を愛する皆様の熱い思いに、私は大きな感動と深い感謝の念をおぼえます。

最後になりますが、7日間も私の拙い文章と写真をご覧くださいまして本当にありがとうございました。仙台でお目にかかれるのときを今から楽しみに心待ちしています。